AEによる岩盤斜面の監視方法と安定性評価に関する研究
 
A study on monitoring and evaluation methods for rock slope stability by acoustic emission
 
北海道開発局 開発土木研究所   正 員   池田 憲二(Kenji Ikeda) 
  正 員   中井 健司(Kenji Nakai)
  正 員   日下部 祐基(Yuhki Kusakabe)
(株)間 組 技術研究所            正 員   蓮井 昭則(Akinori Hasui)
(株)奥村組 技術研究所            ○ 正 員   寺田 道直(Michinao Terada)
川崎地質(株) 環境防災事業部                  中田 文雄(Fumio Nakada)
 
 


 
1.まえがき
 豊浜トンネル(1996年2月)や第2白糸トンネル(1997年8月)等の岩盤斜面の崩壊災害を契機に、不安定な岩盤斜面の監視方法や安定性の管理方法の研究が緊急の課題となっている。 しかし、岩盤斜面の崩壊現象は、地すべり現象と異なり、崩壊速度が大きいため、変位や傾斜などの静的計測ではその発生を事前に察知することが極めて難しい。 このような背景のもとに、筆者らは、自然現象としての斜面崩壊の前兆をいち早く感知し安定性を管理する手法の開発を目指して、1998年度よりAEを利用した「岩盤斜面の挙動計測とその安定性の分析・評価に基づいた管理方法に関する共同研究」を実施している1)
 ここでは、国道229号沿線の雷電トンネル終点、刀掛覆道および刀掛トンネル終点の3箇所の岩盤斜面を対象に現在実施中の共同研究の成果として、2種類の方法を組み合わせた岩盤斜面のAE計測の考え方、通常AEと低周波AEそれぞれの計測方法および計測結果について刀掛覆道斜面の事例を中心に報告する。
 
2.岩盤斜面のAE計測の考え方
 AE(Acoustic Emission)とは岩石などの固体が破壊する際に解放される弾性ひずみエネルギーの一部が音や振動として放出される現象を言う。 AEは転位の集積や結晶サイズの微視的破壊で発生するので変位などの静的計測に比して高感度であるが、岩盤斜面監視への応用には不明な点が多く未だ研究途上にある。
 
 本研究では、原位置での岩盤測定で一般に用いられる周波数帯域(102〜104Hz)を対象とした通常AEと、これより一桁小さい周波数帯域(10〜103Hz)を対象とした低周波AEの2系統の測定方法を採用している。 通常AEでは、特定の亀裂に注目した局所空間の計測を、一方、低周波AEでは斜面全体の挙動を対象にした広域空間の計測を行い、この両者を組み合わせることにより、岩盤斜面へのAE適用リスクの低減を図ることとした。 なお、低周波AEでは、岩体の周波数特性の変化に着目して斜面の安定性評価を試みることも目的の一つとしている。
 
 また、携帯電話を利用してAEヒット数やディスクの空き容量を遠隔地で常時監視できるシステムを構築し、斜面崩壊監視手段としての機能を試験中である。


 
3.通常AE計測方法
 通常AEの計測は「雷電トンネル終点斜面」と「刀掛覆道終点斜面」の2箇所で実施した。
3.1 対象斜面の地形地質
 雷電トンネル終点斜面および刀掛覆道斜面の地質は新第三紀の火山砕屑岩類からなり、火山角礫岩や凝灰角礫岩が層厚1〜5mで互層状に堆積する。層理面はいずれの斜面も山側に緩く傾斜した受け盤構造となっている。

 両斜面とも道路面からの比高は約80mで急斜面を形成するが、特に、刀掛覆道は斜面上半部の岩体がオーバーハングを形成するため、防災工事としてワイヤーロープ掛工が施工されている。
 

3.2 通常AEセンサ配置
 雷電トンネル終点斜面の通常AEセンサの配置を図-1に示す。
 雷電トンネル終点では岩体Aの背面に存在する高角度の流れ盤亀裂が卓越する。 この亀裂に注目し、ボーリング孔B-2の亀裂を挟む位置に2点のセンサを設置した。 また、この亀裂を貫通するB-1孔の鉄筋ひずみ計頭部と斜面下部岩盤内に各1点のセンサを配置した。

図-1 雷電トンネル終点斜面のAEセンサ設置状況(左:断面図 右:平面図)

 刀掛覆道斜面の通常AEセンサの配置を図-2に示す。
 刀掛覆道では、卓越亀裂として岩体Dの背面に高角度の受け盤(転倒)亀裂が認められる。 この亀裂に注目し、ボーリング孔B-4の亀裂を挟む位置に2点のセンサを設置した。 また、この亀裂を貫通するB-5孔の鉄筋ひずみ計頭部と斜面下部岩盤内に各1点のセンサを配置した。
 
 通常AEセンサを設置したボーリング孔内に長さ20mのケーブルセンサを設置し、線状のAEセンサとしての適用性の検討も併せて実施した。

図-2 刀掛覆道斜面のAEセンサ設置状況(左:断面図 右:平面図)

3.3 通常AE計測方法
 通常AEの計測には、岩盤内の亀裂による波動の減衰や、波長と伝播速度の関係を考慮して、共振周波数15kHzの加速度型センサを用い、周波数帯域500〜15000Hzの範囲で平坦な応答特性を有する計測系を採用した。
 通常AE計測のブロックダイアグラムを図-3に示す。 AEセンサへの入力を前置増幅器で60dB増幅し、20kHzのローパスフィルタを通した後、主増幅器で1〜20dB増幅し、さらにAD変換とデジタルフィルタによるノイズ処理を経て、AEのヒット数や生波形などをハードディスクに記録した。

図-3 通常AE計測のブロックダイアグラム



 
4.通常AE計測結果
 通常AE計測は1999年3月より開始し、ノイズ対策、主増幅器の利得調整、トリガーレベル調整などのいろいろな初期調整を経て、1999年11月より安定した計測が可能となった。 この間に、集中豪雨に伴う挙動や有珠山の噴火に伴う挙動など幾つかの斜面挙動に伴うAEが計測されている。

 ここでは、有珠山の噴火に伴うAEについて刀掛覆道の計測結果を述べる。

 図-4は2000年3月28日〜3月31日の間に、刀掛覆道斜面で計測された通常AEを一般計測の結果と対比して示した。 有珠山噴火直前の3月29日に問題の亀裂を挟んだ2点と、鉄筋計頭部1点の計3点で多数のAEが計測され、近くの雷電トンネル終点斜面でも多数のAEが計測されている。

 この時期の静的な一般計測に顕著な変化は認められないこと、有珠山の火山性地震が活発化する時期に対応してAEが発生していること、計測されたAEは斜面上部から下部に伝播している(地震波の直接的影響によるものであれば、下部から上部に伝播する)ことから、図-5に示すように、有珠山の火山性地震波の入射に伴って基盤岩と不安定岩体との境界部(亀裂面近傍)に生じた応力集中に伴うAEを検出したものと考えられる。
 


図-4 刀掛覆道の通常AE計測結果
    (2000年3月28日〜3月31日)

図−5 地震波入射によるAE発生メカニズム

                     
 
 
5.低周波AE計測方法
 低周波AEの計測は雷電トンネル終点斜面と刀掛覆道終点斜面、及び刀掛トンネル終点斜面の3箇所で実施したが、刀掛トンネル終点斜面については紙面の都合上、別の機会に報告することとにしたい。
5.1 低周波AEセンサ配置
 雷電トンネル終点斜面の低周波AEセンサの配置を図-1に、刀掛覆道斜面の低周波AEセンサの配置を図-2に併記した。
 雷電トンネル終点と刀掛覆道の両斜面に対しては、全岩体の挙動をカバーする目的で、岩体の上部と下部にそれぞれ3点の低周波AEセンサを配置した。 この場合、低周波AE源の標定計算が可能なように配置すると共に、設置位置の測量を実施した。

 いずれのセンサも設置費用の低減のために、穿孔機を使用してGL-2mに設置した。 なお、岩体全体の振動伝播特性を検出するための参照点を1点設置した。

 
 また、通常AEセンサを設置したボーリング孔内のケーブルセンサについては、その周波数帯が接近しているために、低周波AE計測系で計測した。
5.2 低周波AE計測方法
 低周波AEの計測は、岩盤全体の波動減衰と伝播速度の関係を考慮して、共振周波数14HzのMC型速度地震計を用い、周波数帯域14Hz〜1kHzの範囲で平坦な応答特性を有する計測システムを採用した。
 低周波AE計測のブロックダイアグラムを図-6に示す。 AEセンサからの電気信号をAE計測ユニットの増幅器で80dB増幅し、1kHzのローパスフィルタを通した後、トリガ部を経由して監視ユニットへ導き、内蔵されたAD変換器によりディジタル波形に変換して、ハードディスクに記録・保存した。

 監視ユニットは、イーサネットを経由してデータサーバに接続されており、遠隔地制御などのディジタル処理が必要な場合には対処できるようになっている。
 

図-6 低周波AEのプロックダイアグラム


6.低周波AE計測結果
 低周波AE計測システムは1999年3月にを設置し、翌4月からほぼ安定した計測を行うことができた。
6.1 波形例
 本研究でいう低周波AEの場合、周波数帯を可聴音域よりやや低いところに設定した関係で、亀裂から発生するAEと小岩体が斜面に衝突する際に発生する微小振動のいずれも計測することができる。
 
 図-7は、刀掛覆道で検出された波形例である。 斜面の上部で微小岩体が剥離した時のAE、斜面の表面を転がった時と自由落下して斜面へ衝突した時の振動である。

 自由落下した時間は約2.2秒と考えられ、この時間差から落下高を計算すると約23mとなった。
 

図-7 低周波AEの波形例


6.2 集中豪雨時の挙動
 
 図-8は2000年7月28日〜8月2日に、刀掛覆道斜面で計測された低周波AEのHit(ヒット)を、一般計測と対比した結果の一部である。 なお、比較のために通常AEとケーブルセンサーのデータも併記した。
 
 7月31日の早朝と8月2日の午前中に発生した集中豪雨時には、下部岩体に設置した低周波AEセンサ,ボーリングB-4孔内の通常AEセンサ、さらに同孔のケーブルセンサが揃って多量のAEを検出した。 上部岩体の低周波AEセンサでも、時間差はあるが多少のAEが検出されている。

 ほぼ同時刻に岩体に設置した伸縮計と、ボーリングB-5孔内の鉄筋ひずみ計(亀裂近傍のみ)でも変動が検出されていることから、岩体Dに豪雨によって応力集中が発生した可能性が考えられる。

 
 岩体の下部に設置した低周波AEセンサは、7月29日に降雨が始まった直後からほぼ継続的にAEを検出したが、岩体に発生する応力バランスの変化を一般計測より早期に検出した可能性がある。

図-8 豪雨時の低周波AEの挙動(刀掛覆道)

6.3 有珠火山による地震時の挙動
 通常AEの発生と同様に、低周波AEの場合も有珠火山による影響が検出された。
 図-9は有珠山の火山性地震でマグニチュード2以上の1時間あたりの発生数(Hit)と、雷電トンネル斜面及び刀掛覆道斜面の岩体下部(ch4、ch5、ch6の合計)の低周波AEのHitを比較した結果である。
 
 3月28日〜29日では、火山性地震の発生数の増加にほぼ比例して低周波AEも発生しているが、30日以降では、低周波AEの発生数の増加はわずかとなった。 この傾向は通常AEでもみられる。

 火山性地震の到達によって岩体内部の亀裂面近傍に応力集中(ひずみ)が発生したが、AEの発生によりこのひずみが初期の段階で開放された可能性が考えられる。

 なお、地震波形と低周波AEの区分は、波形(周波数)や位置標定により比較的容易であった。
 

図-9 有珠火山による地震と低周波AEの挙動

6.4 低周波AEの発生位置(AE源)
 最低3箇所のセンサで同一のAEを検出することにより、AE源の評定が可能なように計測システムを設計した。 標定計算方法として3次元座標を使用するテーブルルックアップ法2)を採用し、位置の決定は平均残差が最も少ない座標とした。 計算上の立体ブロックは1辺の長さが30mでメッシュの間隔は1mである。
 
 いずれの対象斜面でも、人工震動源の使用が困難であったため、岩体の弾性波速度を直接求めることはできていない。 弾性波速度値を未知数として計算することで対処しているが、最も残差が小さくなる速度値は1.4km/s前後が多く、この速度値からみて対象岩体には亀裂が多いことが推定される。 なお、亀裂による岩体の速度値上の異方性は考慮していない。
 図-10は、図-7に示したch1の近傍で剥離落下した小岩体が斜面に衝突した位置を標定計算した結果である。 落下時間から推定した落下高さ(約23m)と、標定計算から求めた位置(図-10:黒丸)はほぼ一致しており、計算上の誤差は比較的小さいようである。
 今後は、岩体内部で発生した低周波AEの発生位置を詳細に検討し、応力が集中している場所(亀裂)の位置を特定する目的で利用してゆきたいと考えている。

図-10 低周波AE源の標定例 


7.あとがき
 国道229号沿線の雷電トンネル終点など3箇所の岩盤斜面で1999年4月より実施したAE計測の結果(原稿執筆段階継続中)、累積雨量が300mmに近い集中豪雨時の挙動や、有珠山の噴火に伴う挙動をAEとして検出することができた。
 
 特に、ボーリング孔により岩体内部の亀裂面近傍に設置した通常AEセンサと、孔内鉄筋ひずみ計の頂部に設置した通常AEセンサは、これらの挙動をS/N比の良いバースト(突発)状に検出することができ,対象亀裂に応力集中が発生したことを捉えたものと考えている。
 
 一方,低周波AEセンサの場合は、岩体全体の挙動を検出する目的でセンサ配置を考えているため、この亀裂から発生したAEをバースト状には検出していないが、別の亀裂が起源と思われるAEを含めると、岩体に発生した応力集中に伴うAEをかなりの初期段階から検出したことが判明した。
 
 今後は、AEパラメータによる斜面の安定性評価を行う一方、斜面の管理指標の作成を目的として、既に計測されたAEデータや現在計測中のAEデータをより詳細に分析・評価を行う予定である。
参考文献
1)池田憲二、日下部裕基、中井健司、塩野康浩:岩盤斜面のAE計測手法、土木学会北海道支部年次技術研究発表会、1999年
2)建設省土木研究所:AEによる斜面動態計測システムに関する共同研究報告書、No.228、1999年