大谷石採取場跡地の陥没に伴う野外AE現象


 
 
 


5.野外AEと観測の目的 

 通常AE(Acoustic Emission) とは、固体に応力を加えた時に発生する微小破壊に伴う振動(音響放射)であるが、本観測システムにおいては、採取場跡地である大きな地下空洞が崩壊する際に、前兆現象として発生する全ての振動を野外AEとして観測している。

 すなわち,図−5に示すように、亀裂の発達によって天盤や残柱から剥離し落下する岩石が、採取場跡地の床面に衝突して発生する振動と、岩盤そのものに発達する大小の亀裂から発生するAEを総合して野外AEと称している。

 こうした野外AEを常に観測し、後述するような解析処理を実施することにより、岩盤崩壊の最終段階である地盤の陥没を可能な限り早期に予知することを目的として本観測システムは設置・運営されている。

 なお、図−3に示したD陥没の発生以前に、振動や落盤の音が発生しているという住民その他の情報があったため(中田、1990)、これが陥没の前兆現象であろうと考え、観測システムを導入することとなった。 
 

図−5 観測対象となる野外AE



 

6.観測システムの概要 
                                  
 本観測システムは、大規模地下空洞のモニタリングシステムであって、その概要を以下に略記する(図−6)。 
@ 観測区域: 南北約5.5km、東西約3.0km。 
A 観測点数: 99測点(1992年10月31日現在)。 
B 観測成分: 上下動1成分(92測点)、3成分(7測点)、合計113成分。 
C  地 震 計: 固有振動数14Hz、MC型速度地震計(99個使用、全て3成分測定可能)。 
D 観測条件: 平均深度20mのボーリング孔底に設置(大谷石またはその上部の泥岩に固定)。 
E 周波数: 20〜500Hz。 
F 伝送系: 1ユニット16成分のディジタル光送信機を9ヶ所設置し、数本の光ファイバーで全成分を伝送しており、その距離は約10km。 
        地震計から送信機までは通常のシールド線を使用しており、総延長は約70km 
G A/D 変換: 12ビット、サンプリング。 1KHz。 
H 常時監視観測方式: 重要な観測点12ヶ所を選択し、連続して観測記録を得る方式で、一般にはモニタリングと呼ばれる。 
I トリガースタート観測方式: 常に各観測点の信号を監視し、異常な波形が発生した時に記録する方式。記録紙及び光磁気ディスクへ、ディジタルの 
        野外AEの波形を記録する。 
        但し、記録は異常を検出した地震計を中心とした16成分のみを、コンピュータによって自動的に抽出し、16秒間余り保存される。 

図−6 大谷石採取場跡地観測システムの系統図



 

7.地盤情報データベースと解析処理方法 

 本観測システムの目的は防災にある。 特に、野外AEが多発している時のような緊急時では、データを解析したり結果を表現する等の時間は極力短くする必要がある。 このために、データ自身を管理するサブシステムと、解析処理・表現処理を行うアプリケーションシステムから構成される「地盤情報データベース」を構築し、効率よく運用している(図−7)(中田、1990、1992)。

1)3次元のディジタル地図 
 必要な場所だけの情報を検索して表現できる3次元ディジタル地図を採用した結果、野外AEの発生位置を迅速に表示できるようになった。 地図はベクトル地図とグリッド地図から構成されている。

 ベクトル地図は1/2.500の市内地図から、観測地域を500mのメッシュに区分した84枚の個別地図をベースに作成され、各地図は道路、河川、建物、等高線、陥没地、地図記号の6つのレイヤーに区分されている。 また、ベクトル地図は何れも3次元の値を持たせてあるために、立体図の作成が可能であるほか、地図の修正後直ちにグリッド地図を計算することが可能である。

 グリット地図は、1.0km四方の管理単位となっている。グリッドの間隔は20mであり、主として任意の地形断面図を作成して、野外AEの発生位置をこれに重ね合わせるために使用している。 
 

図−7 地盤情報データベース

2)発生頻度、累積頻度、活動指数 
 発生頻度、累積頻度の集計は、時間的に最も速く検出した観測点だけで集計する方法で行っている。 通常は日別の集計であるが、緊急時には1時間別の集計も行っている。 

 発生頻度は単なる野外AEの発生数であって、発生した野外AEのエネルギーを直接現している値ではない。 このため下記式で求められる「活動指数」を計算で求めて使用している。

     活動指数 = Σ(Amp×Time)                   (1)

  ここで、(Amp) と(Time)は、野外AE1個の最大振幅と継続時間であって、集計を任意の時間単位で行うが、通常は日別で集計する。

3)発生位置の推定計算 
 大谷石採取場跡地周辺で発生する野外AEのうち、岩石の崩落によって発生する野外AEの波形は、P波とS波の区分が極めて困難という特徴がある。それは、1回の崩落でもその落下位置が微妙に変化していること、床が水没していたり過去の崩落物が堆積しているために床面は不均質であること、波形の伝播経路は地下空洞によって複雑になっているために、波形が干渉や回折を受けていることなどであると考えている。

 従って、P波・S波の到着時間差法が使用できないために、複数の観測点で検出した波形のP波到着時間差を利用し、インバージョン処理を行って位置を推定している(中田、1992)。

4)アボイドマップ(ハザードマップ) 
 大谷石採取場跡地の最終破壊は陥没であるが、前兆現象の発生場所と陥没場所は一致するものと考えて、アボイドマップの作成による危険地域の表現を行っている。まず、野外AEのエネルギーを下記式に従って計算する。

     0.85M' - 0.35 = log(Av) + 1.73×log(r)         (2)

 ここでr(m)は発生位置までの距離、Av(kine)は最大速度振幅である。(2)式は、微小地震のマグニチュードを計算する渡辺の式を、大谷地区の地域性を考慮して変形したものであるために、自然地震のマグニチュードとは異なっている。

 計算区域を100mのメッシュに分割する。発生位置からメッシュ区分を求め、必要な期間について集計した地図がアボイドマップである。 このアボイドマップは、発生位置の計算上の誤差や、発生位置の微妙な変化を100m間隔のメッシュにまとめて表現していると考えられたい。

5)データベースの運用 
 観測システムは、複数の場所での使用を前提に作成されており、データをコピーすることによって、複数の専門家が分散してデータを検討できる。なお、本データベースは観測所の他に4ヶ所で稼働中である。