大谷石採取場跡地の陥没に伴う野外AE現象


 

 本論文は,1993年5月22日に発行された「川崎逸郎教授退官記念論文集 −応用地学の視点−」に掲載されたものであるが,Htmlで記述するに当たり,全体のレイアウトは変更してある。 また,原著では白黒であった図やグラフ類については,できるだけカラー化した。
 ただし,本文と論旨については「当時のまま」としているため,その後の技術的進歩と革新から見て「どうか」と思われる部分もあるが,ご容赦いただきたい。

目 次

1.はじめに

2.大谷石と採取方法

3.陥没地の概要

4.陥没のメカニズム

5.野外AEと観測の目的

6.観測システムの概要

7.地盤情報データベースと解析処理方法

8.野外AEの波形的特徴

9.E〜G陥没発生までの時間的変動

10.野外AEの発生位置

11.アボイドマップと陥没予知

12.おわりに[参考文献]
 



 
1.はじめに

 本論にはいる前に、固体の物性について簡単に述べたいと思う。

 気体や液体とは異なり、固体はある力を加えた場合には応力に比例した変形を示し、その加えた応力を除去すると元の大きさに戻る、という共通の性質がある。 これをHuck(フック)の法則と言うが、厳密には物質によってその反応の程度に差が見られることはよく知られた事実である。 その極端な例はバネ(スプリング)であるが、岩盤も基本的にはバネとまったく同じであって、圧縮応力を加えれば縮み、引っ張り応力を加えれば伸びる。 ただ、バネのように大きな変形量を示すことがないために、この変形量を測定するためには微小な変位を測定する特殊な測定器が必要となっている。

 変形量を単位化するために、固体の元々の寸法と変形量との比である「ひずみ量」がよく用いられている。 ひずみ量と応力の関係を見た場合、応力を増やした結果、ある決まったひずみ量を越えると急激に変形が進み、元に戻る性質も失われるという、いわゆる破壊が発生する。 圧縮による座屈や引っ張りによる破断などもこの破壊の一形態である。 このため、応力を加えた状態で利用する物質では、そのひずみ量が破壊点よりも十分に小さい状態で使用することが極めて重要である。

 少し具体的な事例を述べてみる。 大きな岩盤をくり貫いて作られた四角の地下空洞では、地表から天盤までの重量は空洞の壁や柱には圧縮応力となり、天盤には引っ張り応力となって加わっている。 従って、地下空洞が安定するために最も重要な条件は、岩盤の強度を越えるような応力を発生する形状(大きさ、形)の空洞を掘削しないことか、または岩盤に人工的な補強を十分に施すことである。 しかし、岩盤ではその構成物質や分布状況が一様でなく、極めて複雑な変形特性や破壊特性を持っているために、これら岩盤の力学的性質の定量化はむずかしいとされており、トンネルや鉱山の坑道がしばしば崩壊する事実はこうしたことを裏付けているものと考えられる。

 大谷石で知られる流紋岩質・軽石質凝灰岩の採取場跡地においても、しばしば跡地の天盤部分が崩壊・陥没した歴史を持っており、現在防災の観点から陥没に伴う前兆現象の監視観測が行われている。 本論は、筆者が係わっていたこの観測結果を例に取って、こうした岩盤崩壊の一形態である地盤陥没とその前兆現象である野外AEの活動状況について述べてみたい。
 



 
2.大谷石と採取方法
 
 栃木県宇都宮市の大谷地区を中心として分布する、新第三紀中新世の流紋岩質〜軽石質凝灰岩である大谷層は通称大谷石と呼ばれ、比較的空隙が多く加工し易く耐火性もあるために、主に建設用資材として多量に採取
されてきた。 この大谷層は 表−1 に示されるように、上部からSS層、大谷石T層〜大谷石W層に区分されているが、石としての美観上や採取の容易さから大谷石V層と大谷石W層が主たる採取対象層となっている。

 大谷層は山体となって露岩しているため、 図−1 に示すように、ごく初期では露天で採取されることが多かった。 大谷層は東に向かって緩やかに傾斜している関係で、採取に適した大谷石の層の出現深度が深くなると、余分な岩石まで採取しなければならない露天方式は嫌われ、必要な場所まで山体に横坑を掘り進み、そこから大谷石だけを採取する坑内方式が主流となった。
 しかし、この方式では地表部分は採取しないために、いわゆる天盤部分が存在することになり、残柱によって天盤を支える「横坑・残柱式坑内採取方式」に移行して行った。
 第2次世界大戦が終了し、それまでの人力採取が動力採取に変わると、採取量も飛躍的に増大し、山体の大谷石の大部分が採取しつくされた。 このため、 図−1 のように、沖積層や洪積層の下位に位置する大谷石が採取の対象となり、現在ではこの立坑・残柱式坑内採取方式が主流となっている(例えば吉中他、1984)。

 本方式の基本を 図−2 に示す。 まず、調査や通気、更に坑内への出入りと石の搬出に利用する立坑を垂直に掘削する。 立坑は、概ね10m四方程度の大きさであるが、採取対象となる大谷石が出現するまで掘削されるため、その深度は時には50m程度にも及ぶことがある。
 目的となる良好な大谷石が出現すると、その深度で厚さ1〜2mの「垣根」と呼ばれる空間を水平に掘削して行く。 この時に採取する空間と残柱として残す部分を決定する。

 実際の採取はこの大谷石を垂直に掘り下げる「平場掘り」方式で実施されるが、表−1から判明するように大谷石の採取深さは、時には30mにも及ぶことがあり、一つの採取場の体積は中程度以上のビル容積にも匹敵することがある( 写真−1 )。
 このようにして大谷石を採取している区域は約6km×3kmにも及ぶ一方、すでに廃坑になっている採取場(跡地)や稼動中の採取場は合計200ヶ所を越えている。 従って、これらの面積のかなりの部分が採取され、現在は大規模な地下空洞となっていることを理解して頂きたい。
 

    
表−1 大谷石の層序 
    
 図−1 大谷石の層序と採取方式の概略
    
 図−2 竪坑・残柱式採取方式の概略
 
    
写真−1 残柱式孔内採取方式の内部(残柱は一片が約10m,採取高さは約30m)